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友人の勧めで文楽を観たことがきっかけで伝統芸能に目覚めました。歌舞伎や能もよく観ます。とりわけ三味線の魅力にとりつかれ長唄を習い始めました。

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「浄瑠璃姫物語」 by 上原まり&桐竹勘十郎

上原まりの琵琶と語り、桐竹勘十郎の人形による「浄瑠璃姫物語」を横浜能楽堂で観た

浄瑠璃姫物語

「浄瑠璃」とは義太夫節や常磐津節、あるいは清元といった語り物芸能の総称であり、浄瑠璃(義太夫節)に合わせて舞台で人形が演技をするのが「人形浄瑠璃」である

大阪で最後まで残った文楽座にちなんで、今日では人形浄瑠璃のことを「文楽」と呼んでいる

では何故こうした語り物のことを「浄瑠璃」と呼ぶのか?

実はそのルーツが今回観る機会を得た「浄瑠璃姫物語」にあるからだ

浄瑠璃姫物語、あるいは浄瑠璃御前物語は三味線が登場する以前の15世紀半ば(室町時代初期)において琵琶法師が語る物語のひとつであった

三河の国の国司、兼高と矢矧の長者(遊君)には子供がなかなか生まれなかったので、長者が薬師如来に熱心にお願いをしたところ、玉のように美しい娘を授り、夢枕に立った薬師如来の仰せに従い、浄瑠璃姫と名付けた

しばらくして姫も年頃になったある日、鞍馬寺を出奔し源氏再興を期して奥州に向かう途中の牛若丸が矢矧に差し掛かった際に美しい姫にひとめ惚れ、一夜の契りを交わす

翌日、再会を約して牛若丸は奥州に向けて発つが、途中、流行り病に倒れ、ある浜辺で動けなくなってしまう
そこに牛若丸からの手紙を見た浄瑠璃姫が駆けつけ、息絶えた牛若を蘇生させる

元気を取り戻した牛若丸は浄瑠璃姫の懇請を振り切り、改めて奥州をめざすが、今度は母である常盤御前の形見の笛を姫に託し、平家を討ったあかつきには必ず矢矧に戻ると約束する

しかし、待てど暮らせど牛若丸(既に義経)からは何の音沙汰もないことに絶望した姫は自害するが、その直後に義経が姫の墓に参ると、瑠璃色の蝶が舞い上がり、それに導かれるように平家打倒のために都へと向かうのだった・・・・・

上原まりが奏でる琵琶は情感溢れる音色で、哀愁にみちた響きが素晴らしい。 また宝塚の元トップスターらしく、歌唱的なパートと台詞的パート、加えて物語の解説的パートを起伏と張りのある声で上手く語り分けていた

勘十郎の遣う浄瑠璃姫は彼の師である吉田蓑助仕込みの艶やかな娘ぶりが際立ち、圧倒的な存在感があった

普通なら見ることのできない琵琶を伴奏とする「語り」(正にこれこそが”元祖浄瑠璃”)を復曲する試みと、それに、後の江戸時代に完成された三人遣いによる洗練された表現力を備えた人形による演技を組み合わせることで、当時も徐々に行われ始めていた、”浄瑠璃(語り)”と”人形芝居”の組み合わせを今日的な形で観せていただけたことは大きな収穫であった

一方、能楽堂という本来文楽人形を遣うには制約の多い舞台での、限られた数のスタッフでの演出に物足りなさが残ったことと、恐らくオリジナルに忠実な復曲が困難であったであろう浄瑠璃物語を現代の観衆にも理解し易いようにと、現代語を多用した台本となったことが相俟って、やや厳しく言えば「子供向け」っぽい印象を受けた

上原の琵琶や物語、勘十郎の繊細な浄瑠璃姫、個々の芸としては当代随一の完成度の高いパフォーマンスであるだけに、全体としての物足りなさが少し残念であった

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<能舞台の右手前に上原まりが座り、橋掛かりや右奥の切戸口の前に立てられた「パーティション?」の後ろから人形が出入りするが、文楽につきもののいわゆる手すりがないために、人形遣いの足元まで見えることになる>

さて、そもそも言葉としての「浄瑠璃」とは何か?

矢矧の長者が願を掛けたという「薬師如来」は「東方浄瑠璃世界」に住み、現世の苦しみを除く仏であり、一方阿弥陀如来は「西方極楽浄土」の教主である

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<京都 浄瑠璃寺本堂 この中に国宝である九体の阿弥陀如来が列座する 外から直接は仏さまの顔は見えないが、ライティングが充実していると、手前の池に逆さまに顔が映し出されることになる>

本堂に九体の阿弥陀如来像が列座することで有名な京都府南部にある浄瑠璃寺(昨年9月に訪れた)では、池を挟んで東岸(此岸、しがん=現世)の三重塔に薬師如来が、西岸(彼岸、ひがん=来世)の本堂に九体の阿弥陀如来が安置されている

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<浄瑠璃寺三重塔 こちらの本尊が薬師如来>

薬師如来は手にされている薬壷にも象徴されるように、現世での苦しみから衆生を救うと共に、此岸から西方浄土たる彼岸へ送り出してくださるという存在のようである

その薬師如来が住まわれる世界が「浄瑠璃界」と呼ばれる世界である

浄瑠璃の「瑠璃」とは lapis lazuli (ラピスラズリ)という鉱石から作られる、鮮やかな青、ウルトラマリンのことで、「るり」という音はこのラテン語から梵語などを経由して入ってきたのかもしれない・・・。 (Lapis は石、Lazuliはもとペルシャ語で瑠璃の石を産した地名が語源)

LapisLazuli.jpg
<この写真はWIKIの瑠璃色の項から転用>

lazuliという言葉がイタリア語やフランス語に入った際には最初の「L」は”冠詞”だと解釈されたために、わざわざ「L」をとって、フランス語では azur、イタリア語では azzurro が青を表す語となったようだ

フランス南部の Cote d'Azur はそういうことで紺碧の海岸という意味だ

ということは薬師如来の世界である浄瑠璃界は紺碧の光に満ち溢れた、明るい現世という意味なのであろうか

今回の公演は今日私たちが見ている文楽や歌舞伎に出てくる義太夫節や常磐津、清元といった「物語り音楽」のルーツたる浄瑠璃姫物語の片鱗を、上原まりと勘十郎の意欲的な取組みを通じて垣間見ることができたことが大きな収穫であった
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