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Author:Sogagoro
友人の勧めで文楽を観たことがきっかけで伝統芸能に目覚めました。歌舞伎や能もよく観ます。とりわけ三味線の魅力にとりつかれ長唄を習い始めました。

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「はじめての邦楽」@国立劇場

はじめての・・・、と言われるとなんだか気恥ずかしいが三味線のお師匠さんも出演されることもあり、国立の小劇場に足を運んだ

司会はお隣の大劇場で7月の歌舞伎鑑賞教室でも案内役を務めていた尾上松也だ

小劇場のこじんまりしたイベントだというのに、舞台のソデからマイクを持った松也が姿を現すと、いきなり「オトワヤッ(音羽屋)」の掛け声がかかる

はじめての邦楽

まず最初は義太夫節だ。しかもこれが女流義太夫節の竹本越孝(こしこう)に鶴澤三寿々(つるざわさんすず)ときた

松也の進行で義太夫の特徴や義太夫節に使われる三味線が棹の太い「太棹」とよばれるものであることなどが、丁寧に説明された

全体の時間が限られているのだが、説明に時間を割くことが狙いのようで、肝心の「傾城恋飛脚」はほんのサワリだけの演奏だった

次が「新内節(しんないぶし)」だ。これはとても新鮮だった。19世紀の始めころに鶴賀新内が確立した「座敷浄瑠璃」とのこと

通常は二挺一枚(にちょういちまい)、つまり、三味線二挺に語りが一人という構成なのだそうだが、この日は新内剛士(しんないたけし)ともう一人の二人が三味線を抱えて引きながら客席後方から「新内流し」という風情で登場した

したがって剛士は弾き語りで語りながら(と言うか完全にもうこれは唄の世界)舞台に向かって歩いてきた。その後ろをもうひとりの三味線が上調子を弾きながらついて歩くという形だ

これも舞台でひとしきり新内の特徴を説明した後、新内の名曲のひとつと言われる「明烏夢泡雪」を演奏した。これもとても短い演奏だったが、剛士のよく通る高い声、静かに弾かれる三味線とあいまって、大人の色気が前面に出た素晴らしいものだった

江戸時代に発達したお座敷音楽の代表なのであろう。「新内流し」のスタイルで花街を流していると、お座敷から声がかかり、そこでお客のリクエストに応えてなんでも演奏できなければならなかったそうだ。

最後がいよいよ長唄の番。 東音味見純(とうおんあじみじゅん)が唄と説明の中心。三味線は東音山口聡(さとし)と同じく東音穂積大志(ほずみたいし)師匠だ。山口聡は東音会の演奏会や上野広小路亭でもよく見かける顔で、実は杵屋五助という名前も持っている。

味見純が長唄の説明をしてくれたが、印象的だったのが聞く人に「裏声」を裏声として聞こえないように唄うのが上手な歌いかただという説明だった。実際に味見がいい例と悪い例をやってみせてくれたが、松也も言っていたとおり、悪い例でも十分素晴らしいのだが、確かに良い例はどこからどこまでが地声でどこからが裏なのかは分からなかった。

そして残りわずかな時間でなんと「五郎時致」(ごろうときむね)の5分間バージョンだった。最初、大薩摩の語り出しの部分から化粧坂の少将のところまでが本調子で、そこからいきなり「二上がり」に調子を変えて(二の糸を全音高く、瞬時に調弦し直すのだ)、「藪のうぐいす」へぶっ飛んで行くという省エネ版の五郎だった

味見の迫力のある唄がよかったが、やはりせっかく五郎をやってくれるなら、全曲フルで聴きたかったものだ。

ちなみに小生の最初で最後のお浚い会で演奏したのがこの「五郎」だった。





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