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Author:Sogagoro
友人の勧めで文楽を観たことがきっかけで伝統芸能に目覚めました。歌舞伎や能もよく観ます。とりわけ三味線の魅力にとりつかれ長唄を習い始めました。

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2011年5月 奈良 - 山辺の道

奈良の「山辺の道」を北側の石上神宮(いそのかみじんぐう)から南に向けて歩いた。時間が余りなかったのと室生寺の奥の院までの往復で既に足がパンパンになっていたので、3キロほど歩いたところで今回は車を置いていた石上神宮にもどった。後日改めて歩いてみたい。

山辺の道1_small 永久寺跡縁起_small 山辺の道 永久寺跡 池_small
山辺の道3_small 山辺の道2_small 山辺の道5_small
山辺の道4_small 山辺の道8_small 山辺の道6_small 山辺の道7_small
山辺の道から大和三山を望む
山辺の道から遠くに大和三山を望む
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2011年5月 奈良(3) - 室生寺

長谷寺に続いて宇陀の室生寺を訪ねた。こちらはシャクナゲが見頃を迎えていた。

室生寺太鼓橋手前 室生寺太鼓橋_small 室生寺太鼓橋からの眺め
門前の太鼓橋。橋の手前の両脇は「橋本屋」さん。旅館と食堂。太鼓橋からの眺め。山の奥深さが伺える。

室生寺金堂_small 室生寺金堂2 室生寺弥勒堂
金堂(国宝)と弥勒堂

室生寺五重塔 室生寺五重塔2 室生寺五重塔3
五重塔(国宝)

参道奥の院へ 室生寺参道奥の院へ 奥の院から参道
奥の院へ続く険しい階段

とろろ蕎麦@橋本屋(室生寺)_small
奥の院への往復の後、ほっと一息。橋本屋さんでとろろ蕎麦。とろろはモッチリしていて簡単には汁に溶けない。だからこそ、きっちり全部食べることができた。ごちそうさまでした。

2011年5月 奈良(2) - 長谷寺

牡丹祭りの真っ盛りに奈良の長谷寺を訪ねた。
<登廊や堂塔>
長谷寺仁王門 長谷寺登廊 長谷寺登廊2 長谷寺登廊3
長谷寺本堂(国宝) 長谷寺本堂から五重塔を望む 五重塔遠景
長谷寺本堂遠景 長谷寺参道 長谷寺から奈良の山を望む


<咲き乱れる花々>
長谷寺牡丹園_small 長谷寺牡丹_small 長谷寺牡丹2
長谷寺シャクナゲ? シャクナゲ? 紫陽花の一種?_small

長谷寺桜 長谷寺桜2 長谷寺花?_small

2011年5月 大阪 - 信太の森

2011年5月の奈良・和歌山方面への旅行の際に、なかなかGW中で宿がとれなかったので苦し紛れに予約したのが今回の旅とは全く関係のないはずの大阪府・和泉市にある「KSB弥生の里温泉」だった。要するにスーパー銭湯に付帯している宿泊施設だ。とにかく寝られればいいぐらいのつもりで伺ったのだが、これが素晴らしい宿であった。部屋は綺麗だしアメニティも充実。おまけに温泉の露天風呂に入れる。施設内のレストランも充実。
そしてさらに・・・
泊まってみてようやく気がついたのだが、ここ和泉はあの「芦屋道満大内鏡」で葛の葉姫がとぼとぼ帰って行く「和泉なる信太の森」の「和泉」だったのだ。そしてなんと宿からすぐのところに「葛葉稲荷神社」と「信太の森鏡池」があったのだ!!

<葛葉稲荷神社>
葛葉稲荷神社_small 神社本殿 葛の葉神社境内
葛の葉伝説碑2 葛の葉伝説碑
葛の葉姫 葛葉神社縁起_small
たいそう立派なお社を持つお稲荷さまである。また葛の葉姫が夫、阿部保名(あべのやすな)とわが子(のちの阿部晴明)を残して信太の森に去る際に残した歌の碑まであった。

<信太の森(しのだのもり)>
信太の森鏡池 信太の森鏡池2 信太の森
葛の葉姫に姿を変えていたキツネが自分の姿を映してその浅ましさを悟ったとされる鏡池である。確かに背後には鬱蒼とした森が広がっていた。

信太の森鏡池縁起



2011年5月 和歌山 - 日高川・南高梅・紀の川

<日高川>

日高川下流 日高川上流 日高川ゴルフ場
道成寺を訪ねた後、清姫が蛇体となって泳ぎ渡った日高川を見に行った。川幅も広く青々とした綺麗な水が満々と流れていた。さすがにこれでは渡し船でもなければ渡るのは大変だったであろう。

<和歌山県立南部高校>

南部高校_small 南部高校2_small
梅干の高級銘柄「南高梅」を生み出した南部高校(みなべこうこう)に立ち寄った。

<紀の川>

紀の川
奈良の吉野近辺では吉野川と呼ばれる川も和歌山では「紀の川」だ。



2011年5月 和歌山 <道成寺>

2011年5月に和歌山の日高川や御坊・南部辺りを訪ねた
<道成寺>
道成寺仁王門 道成寺仁王門吽形(うんぎょう) 道成寺仁王門阿形(あぎょう)
安珍・清姫の伝説で名高い「道成寺」を訪ねた。まずは参道から見上げた仁王門とお馴染み阿形・吽形の金剛力士像である。

道成寺本堂 道成寺本堂と入相桜 道明寺・境内
続いて本堂と境内の様子である。最近の研究の結果道成寺の伽藍の配置は奈良の法隆寺の左右を反転したものであったらしい。この発見が、このお寺にとっては実は重要な意味を持ってくる。後ほどさらに境内の風景は紹介するとして、このお寺にまつわる「お話」の方に注目してみよう。
道成寺縁起堂 道成寺・縁起堂 道成寺・縁起堂・清姫

仁王門から入って左手に進むと朱の柱が鮮やかな縁起堂がある。この中に靴を脱いで上がるとそこには歌舞伎や能楽における「道成寺」ものの写真パネルがところ狭しと掲げてある。坂東玉三郎の「京鹿子娘道成寺」のDVDまで売っている。しかし、だからといって決して「俗っぽい」或いは「安っぽい」雰囲気はしない。
縁起堂は隣の宝仏殿につながっており、そこには当寺の本尊である千手観世音菩薩、日光・月光菩薩(以上国宝)などをはじめとする数々の仏像が部屋の四方を取り囲むように安置されている(仏像などは撮影禁止⇒道成寺HP)。
これらの仏様に見守られながらお寺の方(お坊様に見受けられなかったので執事の方か・・)から当寺の由来や仏像群に関するお話を伺った。
法話の後は縁起堂(釣鐘がぶら下がっている部屋)に戻って安珍・清姫の絵説き物語りのいよいよ始まりだ。写真では釣鐘の下に見える場所には安珍と清姫の像が祀ってありその右側に横に長い書見台のようなものが見える。この上に「道成寺縁起絵巻」なる「絵巻物」を広げて左から右へ順に巻き取りながらお話を聞かせていただいた。
ちなみに絵説き説法で使われた絵巻はもちろんレプリカ。本物はなんと「白州正子展」で世田谷美術館に来ていた。先日、そちらにも足を運び現物の「道成寺縁起絵巻」も拝見してきた。
要するに紙芝居なのだが、横に横にと話がつながりながら展開していくのがとても新鮮であったし、お話して下さった方もユーモアたっぷりで子供の頃に戻ったような気持ちで聞き入ってしまった。縁起堂内には右のような妖艶な清姫の姿もあった。いい感じですね~、気に入りました。

初代鐘楼跡・入相桜 入相桜解説 安珍塚
安珍・清姫のお話を伺ったら再び境内を散策だ。左は「入相桜」。その云われは真ん中の写真に解説されている。右が安珍と、清姫が焼いてしまった初代の鐘が埋けられた場所にあるとされてきた「安珍塚」なのだが、実は、道成寺が法隆寺と同じながら左右が正反対の配置であったことが分かったことによって、初代の鐘楼が実はこの「入相桜」がある場所にあったとするのが現在の見解だそうだ。真ん中の写真にはごく簡単だが右安珍・清姫伝説に取材した文楽「日高川入相花王(ひだかがわいりあいざくら」が紹介されている。
二代目鐘楼跡 二代目鐘楼跡解説 京鹿の子
安珍が清姫に鐘の中で焼き殺されてから約400年後に新たな鐘が鋳造された。いよいよその鐘の完成を祝おうという鐘供養の場に清姫の霊が現れ、その美しい姿と優雅な舞に僧侶たちが目を奪われている隙に、清姫の霊が再び鐘に飛び込みんでしまった。これが能楽や歌舞伎の道成寺もののベースとなっているストーリーである。
その後さらに時代が下ってせっかく作ったニ代目の鐘も何故だか秀吉に没収されてしまい、今では京都のお寺のものにされてしまっており、以来道成寺には鐘がない、いうウソみたいな話である。その二代目の鐘楼のあとが左の写真である。
右は「京鹿子娘道成寺」というときの「京鹿子」という花、のはずだがまだ咲いていなかった。紫ピンク色の小さくて綺麗な花がまるで京の鹿の子模様のように見えることからこの名前がついたとか。ネットで探せば花の写真はすぐに見つかるはず。例えばこちらを参照
三重塔 道成寺本堂から境内 仁王門と安珍塚 道成寺型灯篭_small
その他、堂塔や境内の様子。

関連リンク:道成寺公式HPWiki「道成寺」


2011年5月 奈良(1)

2011年5月1日から4日まで奈良県南部と和歌山県の御坊・日高川・南部地区を旅した際の写真を厳選してみた

<吉野山>
吉野山下千本3 吉野山下千本2 吉野山下千本
下千本からの眺め - 桜のシーズンには間に合わなかったけれど青々とした新緑が眩しかった

金峯山寺蔵王堂 金峯山寺蔵王堂
金峯山寺 蔵王堂(国宝)
吉水神社 吉水神社 義経の鎧
吉水神社          義経所持(伝、だと思う)の鎧

<吉野川・妹山・背山・大名持神社>
吉野川 妹山 背山
吉野の山々の麓を流れる吉野川。正式名称は紀の川だが、奈良県のこの一帯では吉野川と呼ばれている。本物は四国の清流。そっちの方にもいつか行ってみたいものだ。
真ん中の写真が妹山(いもやま)で吉野山系側にある背山(右:せやま)と吉野川をは挟んで文字通り向かいあっている。

大名持人神社 大名持人神社縁起
妹山の麓にある大名持神社(おおなもちじんじゃ)。縁起にも書いてあるとおり由緒ある神社らしい。注目は妹山樹叢(いまやまじゅそう)だ。妹山には珍しい種類の木々や植物が多数生い茂っていることから天然記念物に指定されているらしい。ちなみに「叢」は茂みの意。

<壷坂寺>
壷坂寺 めがね供養_small 壷坂寺の花_small 壷坂霊験記_small
壷坂寺は眼病に効能あらたかなお寺として有名である。だからメガネ供養の仏さま(左から2枚目)もいる。そしてあのお里・澤一の物語「壷坂霊験紀」はここを舞台として繰り広げられたのだ。ところで参道にあったこの黄色い花は何?

<藤原宮・飛鳥・崇神天皇陵>
藤原宮_small 香具山2 畝傍山_small
耳成山 耳成山2
平城遷都1300年を記念して整備された平城京跡に比べるとなんともお粗末な感じのする藤原宮跡だが、ここを中心に香具山、畝傍山、耳成山がぐるっと都を取り囲んだ風景はなんとも優雅なものであっただろう。中でも畝傍山と耳成山は極めてはっきりとしたお椀を伏せたような形をしているのが印象的だ。(左から香具山、畝傍山。下段は耳成山を2枚)いずれの山もよくみると女性の乳房のような官能美すら漂っているではないか。

本薬師寺跡 本薬師寺縁起
こちらは最初に建てられた薬師寺の跡。後に平城京に都が移り、薬師寺も新たに建てられた(それが現在の薬師寺)。藤原宮の元祖薬師寺は礎石を残すだけになっているが、これを本薬師寺(もとやくしじ)と読んでいる。奈良には新薬師寺もあるからちょっとややこしい。

高松塚古墳_small 石舞台_small 石舞台横_small
時間がなかったので飛鳥では石舞台と高松塚古墳だけを駆け足で回った。高松塚古墳の壁画は傍の壁画館で精巧な複製を観ることができる。

崇神天皇陵2 崇神天皇陵
アレックス・カーご推薦の崇神天皇陵。宮内庁管理なので解説は一切なし。もったいないな~。

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